長栄山
全超寺
全超寺トップ
今月の法話
お知らせ
 ・墓地分譲
 ・行事報告
閑話・他
 ・閑話H
 ・閑話G
 ・閑話F
 ・閑話E
 ・閑話D
 ・閑話C
 ・閑話B
 ・閑話A
 ・閑話@
■寺院案内
 ・縁起歴史
 ・伽藍境内
 ・内陣本尊
教化活動
 ・曹洞宗
 ・梅花講
 ・坐禅会

年間行事
交通・地図
サイト紹介
閑話E2011年
■閑話E・その他…暇つぶしに読んでください・・・

○「大晦日
 今日は大晦日。一年が終わり、一年の締めくくりとして年越しそばを食べます。年越しそばは江戸中期からの習慣で、金箔職人が飛び散った金箔を練ったそば粉の固まりに引付けて集めていたため、年越しそばを残すと翌年は金運に恵まれないといいます。ですから、この日のそばは、来る年の金運がかかっているというわけです。 また、金は鉄のように錆びたりせず、永遠に不変の物であることから、長寿への願いも込められているのです。
20111231

○「除夜の鐘
 12月31日、大晦日の夜を「1年の日ごよみを除く夜」と言う事で「除夜」と言います。1年の最後の夜を締めくくり、暮れゆく年を惜しむ意味で昔からいろいろな行事が行われてきました。その中に新しい年を迎えるにあたり「除夜の鐘」が108回あちらこちらのお寺でつかれます。
 108という数が人の煩悩の数だというのは有名ですが、その108という数の由来については諸説があります。
 まず、108の煩悩は人間の感覚を司る(げん)(に)(び)(ぜつ)(しん)(い)六根が、それぞれに(気持ちがよい)(いやだ)(何も感じない)不同の三種があり3×6=18の煩悩となり、これが、また(きれい)(きたない)二種に分かれ18×2=36の煩悩となり、さらに、現在過去未来三つの時間が関わって、36×3=108となります。これが、108の煩悩だといわれています。
 そのほかには1年の12ヶ月24節気72候を合わせて108とし、108という数は煩悩ではないとするものなど色々とあります。
20111230

○「マジパン
 日本では、正月とならんで重要視される大晦日ですが、世界では大晦日を特別としない国が多く、特にキリスト教文化の欧米ではクリスマスに埋もれてしまい、新年へのカウントダウンを開始する程度のものです。 
 ただ、そんな中でもオーストリアは少し特殊で、大晦日のシルベステルと呼ばれる儀式では、無事に 1 年が終わったことを祝うパーティが一晩中開かれて、新年の鐘の音とともに花火が打ち上げられます。 ほかにも、小さな鉛の塊をろうそくの炎などにかざして溶かして、冷水に落としてできた鉛の形で新たな一年を占なったり、マジパンで作ったブタやチョコレートのコインなどの縁起物を交換しあいます。 マジパンとは中世以来の伝統菓子で、アーモンドの粉と砂糖をあわせて固めたもので、アーモンドもブタも、古くからヨーロッパでは大切な食糧で、アーモンドを使ったお菓子は、他のヨーロッパの国々でも祝い菓子よく使われます。

20111229

○「冬至粥
 22日は冬至でしたが、冬至は一年中で最も昼が短く、夜が長い日い、太陽の昇る高さが低いため、影も一番長くなります。
 この日は、カボチャを食べたり、ゆず湯に入る習慣がありますが、「冬至粥(とうじがゆ)」というのがあります。冬至の日に小豆(あずき)がゆを食べると、厄を払ってくれるそうです。
 韓国では、冬至に食べる料理として、「冬至粥(トンジ(冬至)パッチュク)」(「パッチュク」は、うるち米とあずきをやわらかく煮込んだお粥で、パッが「あずき」、チュクが「粥」を意味します。)が親しまれているそうです。
 19世紀に書かれた『東国歳時記(とうごくさいじき)』にも、記述がありますが、冬至は1年の中でいちばん夜が長いため、陰陽五行の考え方において、陰の気がもっとも高まる日と考えられています。陰の気が強まると疫神(病気の鬼神)の行動が活発化し、病気になりやすくなるといわれ、その防止のため、体内に陽の気を補充する必要があって、「陽の気」をもつ食材のあずきを摂取するのだといいます。
 ちなみに、あずきなどの赤い食べ物が「陽の気」をもつ食材だといわれているほか、とうがらしも代表的な「厄よけ」の食材として扱われています。「赤い食べ物」を摂って、寒い冬に備え、元気に過ごしたいと思います。

20111224

○「一陽来福
 昨日12月22日からは、日毎に昼の時間が伸びてきます。
「一陽来復(いちようらいふく)」は、「冬が去り春が来ること」、「悪いことが続いたあと、ようやく物事がよい方に向かうこと」、「運が向いてくること」の意味ですが、万物の生成を「陰」と「陽」の二気に分ける考え方からは、夜を陰、昼を陽とします。一年では、冬至が陰の極点となり、冬至の翌日から陽がふたたび増してくることになります。古くはこの日を「一陽来復」または「一陽嘉節(かせつ)」として祝いました。それが春が巡ってくることや、めでたいことが再び訪れることを「一陽来復」というようになりました。
 たくさんの幸運がそれぞれのご家庭に向かうことを祈ります。

20111223

○「冬至
 今日は、一年で昼間が最も短い日の「冬至(とうじ)」です。 冬至の日には、何と言っても「ゆず湯」です。柚子の実をお風呂に入れて、温まります。
 「冬至にゆず湯」の由来は、冬至(とうじ)が「湯治(とうじ)」(お湯に入る)ことと、柚子(ゆず)が「融通(ゆうづう)」の語呂で、お金の融通が効くようにとの願いで、”お湯に入って健康になって、 融通よく暮らそう”、ということです。
 冬至が、1年で最も夜が長くなる日ということで、死に最も近い日であり、厄や邪気を祓うために体を清め無病息災を祈るという意味で、この風習は江戸庶民から生まれ始まったといわれています。柚子の精油成分が湯に溶けて、血管が拡張し血液の循環を良くなり、肩こりや冷え性を緩和し、更にはビタミンCの効果でお肌を滑らかにするとされています。また、すっきりとさわやかな香りで、寒さで凝り固まった体をリフレッシュする効能もあるでしょう。柚子自体にも効能があって、柚子湯に入ると風邪にひきにくくなり、皮膚も強くなる様です。寒さも厳しくなってきました。
 柚子湯に入り、家族団欒を楽しみながら、ポカポカにあったまって、元気に過ごしましょう。

20111222

○「冬至の七種
 22日は「冬至」ですが、 「冬至の七種」、(うどん(うんどん)・かんてん(寒天)・きんかん(金柑)・ぎんなん(銀杏)・なんきん(カボチャ)・にんじん・れんこん)、と言われる食品があります。いずれの食品には「ん」がつきます。
 この「ん」のつく食べ物を食べると、健康で病気にかかりにくくなると言われ、特に冬至の日に「カボチャ」を食べると、厄除(やくよ)けになる、中気(ちゅうき)などの病気にならないと言われています。実際に、かぼちゃには、カロチンやビタミンがたくさんあり、食べ物のなかった時代では、栄養補給に欠かせない食べ物だったようです。そして、切った断面が太陽のようだから、とも言われています。
 皆さんも「ん」(幸運)の付く食べ物を食べて、良い運を頂き、健康で病気知らずに日送りしましょう。
20111221

○「赤穂浪士討ち入り
 今日12月14日は、「忠臣蔵」で有名な、大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしたか)以下、四十七士が本所の吉良上野介邸に討ち入りした日です。300年以上も前の出来事で、1702(元禄15)年12月14日の寅の上刻(午前3時)頃のことでした。四十七士の眠る品川の泉岳寺には今年1月15日に檀徒の皆さまと参拝致しましたが、いつもたくさんのお参りの人々がいて、その人気の高さを実感します。その志が、いつの世も高く評価され敬愛されているのでしょう。 さて、赤穂浪士は一般的には四十七士とよばれますが、浪士の一人の寺坂吉右衛門は討ち入りに参加したものの、泉岳寺にひきあげる途中で姿を消して切腹をまぬがれ、83歳まで生きました。

20111214

○「漢字の日
 今日12月12日は、「漢字の日」です。財団法人日本漢字能力検定協会が、この一年をイメージする漢字一字の公募を日本全国より行い、その中で最も応募数の多かった漢字一字を、その年の世相を表す漢字として、京都市のが「清水の舞台」で、縦1・5メートル、横1・3メートルの越前和紙に「今年の漢字」として森清範貫主が揮毫し発表しました。さて、みなさんの予想はどうでしたか?  
 協会によると、応募総数は49万6997票。トップの「絆」が6万1453票を集めた。2位は「災」、3位は「震」、4位は「波」、5位は「助」だったそうです。来年は、互いの絆を深めて、一人ひとりそれぞれが輝かしい年となるよう祈ります。

20111212

○「今年の漢字は?
 12月12日は「漢字の日」で、毎年財団法人日本漢字能力検定協会が、京都府京都市東山区の清水寺で「今年の漢字」を発表します。この一年をイメージする漢字一字の公募を日本全国より行い、その中で最も応募数の多かった漢字一字が、その年の世相を表す漢字として、「漢字の日」に発表されますが、今年は3月の大震災と原発事故が今年最大の出来事でしたし、流行語大賞の「なでしこジャパン」も日本中が歓喜に沸いた出来事でした。政治のことも一大事です。12日の発表が楽しみです。

20111210

○「成道会
 今日、12月8日はお釈迦様がお悟りをひらかれた「成道(じょうどう)」の日です。お釈迦様は、29歳で王子の身分を捨て、出家して僧侶となり、野に下ります。6年間の修行を続けて35歳の時、苦行や難行によっては悟りを家うことは出来ないと知り、河で身を清め、村の娘スジャータの供養する乳粥を食して菩提樹の下で座禅に入り、ついに12月8日の未明、明けの明星を観て真理を悟ります。以後、45年間、80歳で亡くなるまで、人々に真理の教えを説き、導き続けました。それが仏教の始まりです。私は幼稚園の子どもたちに、「いのち」を大切にすることを伝えています。人の「いのち」、動物や植物の「いのち」、道具や物にもはたらく「いのち」があり、それらの「いのち」に支えられて共に生きていることを、小さな心にも伝えたいと思います。
20111208

○「大雪
 12月7日は、二十四節気の一つ「大雪(たいせつ)」です。雪が激しく降り始めるころで、『暦便覧』には「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と説明があります。陰暦11月の節で、立冬の30日後。季節のうえでは、ちょうど初冬の中ごろにあたり、この頃北の地方では大雪が降る年があります。この辺りでも、そろそろ雪が降るでしょう。いつ雪が降っても安全な様に、車のタイヤも冬タイヤにはき替えようと思っています。備えあれば憂いなしです。
20111207

○「柚子湯
 12月になり、夜の冷え込みが厳しくなってきました。こんな日は、柚子湯に入って、ポカポカと温まるのも良いでしょう。柚子湯には血行促進効果があって、さらにビタミンCも豊富なので、肌にもとてもよいそうです。血管の拡張に関係のある血中の「ノルアドレナリン」の、濃度変化をゆず湯とさら湯で比較しますと(東京ガス鞄s市生活研究所の調べ)によると、「ゆず湯」は「さら湯」に比べ、ノルアドレナリンの濃度が4倍以上になることが判明ました。ゆず湯に入ると、血管が拡張して血液循環が促進されるということなのです。血液の循環がよくなることは「冷え性」「神経痛」「腰痛」などがやわらぐと云うことです。
20111203

○「12月
 今日から12月、日本では、「師走(しわす)極月(ごくげつ)臘月(ろうげつ)」とも称します。極月は「ごくげつ」とか「ごくづき」、「きょくげつ」、「きわまりづき」とも呼んで、その名の通り一年の最後の月の意です。
 「終わりよければ、全てよし(All's Well That Ends Well.-シェイクスピア)」、この12月、今年一年の締めくくりとして充実させたいものです。日々しっかりと自己の足下を見つめ、歩んでいきましょう。
20111201

○「小雪
 11月23日は「小雪(しょうせつ)」です。わずかながら雪が降り始めるころで、『暦便覧』では「冷ゆるが故に雨も雪と也てくだるが故也」と説明しています。「寒さはそれほど深くもなく、雪もまた大きくはない」と説明しているものもあります。北の国からは、雪だよりも届き、雪に備えての準備が始まっています。遥かに望む那須連峰にも、雪化粧が見られます。今年もあと一カ月余りとなりましたが、日々足元を見つめ、充実した日々を過ごしていきたいものです。
20111123

○「柚子
 毎年、たくさんの柚子を頂きます。さて、「桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年」といいますが、柚は、実生苗の場合、露地で自然に着果させるには15年以上(接ぎ木苗は5年くらいで着果するよう)もかかるそうです。今年、実生苗で育った10年目の柚子の苗を日当たりの良い場所に植えました。あと5年から8年くらいで自家製の柚子が取れる様になることを願い待っています。寒い時期に柚子は鍋料理にも、調味料にも、焼酎のお湯割りにも大変重宝しています。お風呂にも入れても、寒い夜、冷えた身体をポカポカと温めてくれます。柚子などを用いて、身体も心も温まって、冬の寒さに負けずに、元気に過ごしていきましょう。
20111122

○「家族の日
 11月の第3日曜日は、内閣府が家族や地域のきずなの重要性について集中的によびかけるため、「家族の日」(家族の日の前後各1週間は「家族週間」)に制定し、2007年(平成19)より実施しています。
 内閣府では、少子化対策について長期的な視点にたった社会の意識改革を行うため、「家族・地域のきずなを再生する国民運動」を展開していますが、特に家族の日・家族の週間の期間を中心としてこの運動を実施し、関係省庁、地方公共団体、民間の関係団体等と連携・協力し、講演会や各種のイベントなどを全国各地で開催しています。
 どうか、各ご家庭でも、家族のきずなを深めて頂きたいと思います。

20111120

○「木枯らし
 初冬に木々の葉を払い落としながら冷たい強い風が吹きます。「木を枯れ木のようにみせてしまう風」「樹木の葉を枯らす風」ということで、この冷たい風を「木枯らし」《木を吹き枯らすものの意》と呼びます。
 夏に日本列島を覆っていた暖かく湿った大気を伴う太平洋高気圧は、徐々に勢力を弱めて日本の東の海上に去っていき、その後に大陸の高気圧から冷たい大気が日本列島に吹き込むようになります。木枯らしは、真冬の季節風のように何日も吹き続けることはなく、木枯しの翌日は穏やかな好天となり、小春日和(こはるびより)になることが多いそうです。
 木枯らしにひるまず、元気に過ごしましょう。

20111118

○「七五三
 11月15日は、子どもたちの健やかな成長を願う「七五三」です。成長の節目に、「七五三」のお参りをしますが、もともと、公家や武家での習慣(男女児3歳「髪置(かみおき)」=これを機に髪を伸ばし結い直す。男児は「袴着(はかまぎ)」=初めて紋付きの袴をはく。女児7歳「帯解(おびとき)」=つけ紐をとり、大人と同じように腰紐で帯を結び始める。)が、一般化したのが「七五三」です。
 子どもたちのこれからの健やかで、康らかな成長を願って、幼稚園では、15日(火)に園児全員で、祈願祭を執行致し、長寿を願い「千歳飴」を授けます。

20111115

○「冬桜
 この時期、車を走らせると、市内のあちこちで桜の花を見かけます。冬季に咲く早咲きの桜「寒桜(かんざくら)」で、「冬桜(ふゆざくら)」と呼ばれます。「正月桜(しょうがつざくら)」という種類もあって、10月過ぎから冬の寒空に、可憐な花を楽しませてくれます。調べてみると、このサクラは春も咲くようです。そのときは他の桜と同様、一斉に咲いて一斉に散ります。一年に2回も咲いて、楽しませてくれる桜です。

20111108

○「立冬
 11月8日は「立冬」、暦の上では、冬を迎えます。那須の山々は錦に染まり、戸外の木々も色付いています。近くの桜の木は、冬に備えて葉を落とし、冬支度です。
 『暦便覧』には、「立冬」とは「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明していて、初めて冬の気配が現われてくる日です。12月22日の「冬至」に向かい、昼が日に日に短くなり、夜が長くなります。2月4日の「立春」まで、暦の上では冬となります。今日の天気予報でも、寒気がやってきて、今日から寒くなるそうです。私たちも、しっかり冬支度しなければなりません。
20111106

○「日本茶
 今日、10月31日は「日本茶の日」といわれています。
 お茶は一番ポピュラーな飲み物ですが、 お茶を日本に広めた人は栄西禅師です。1191(建久2)年、宋(中国)からお茶の種子とその製法を持ち帰りました。栄西禅師は、お茶の種子を自分の庭に蒔き育て、お茶の製法を広く伝えました。当時お茶は薬として飲まれていたようです。「茶は養生の仙薬なり・・・」(喫茶養生紀)と著しています。
 栄西禅師がお茶を持ち帰った日が、10月31日と伝えらています。お茶には殺菌作用もあるので、インフルエンザ対策にも効果があるようです。 冬に向かい、温かいお茶を飲んで、風邪知らずで元気に過ごしましょう。

20111031

○「ジャック・オー・ランタン
もうじきハロウィンですが、そこでそれに関わるお話しです。

 むかしむかし、人をだます事が得意なジャックという男がいました。 ある日、地獄から悪魔がやって来てジャックに言いました。
 「おい、お前が人をだます事が得意なジャックだな。よしよし、お前の様な悪人の魂は高く売れるからおれさまが買ってやろう。いくらだ?」
 悪魔に魂を買うと言われてジャックはびっくりしましたが、(どうせ、おれは悪人だから死んだら地獄行きだ。それならこの悪魔を利用して、死ぬ前に遊びたおそう) と、考え、悪魔にこう言いました。
 「おれの魂を買うと言うのなら、代金は銀貨だ。それも、使っても使っても財布からなくならない銀貨にしてくれ。そしたら10年後、おれの魂をあんたにやろう」
 「よし、それでは10年間、おれがなくならない銀貨になってやろう」
 悪魔はそう言うと銀貨に変身して、ジャックの財布の中に飛び込みました。

 それからジャックは、使っても使っても数がへらない悪魔の銀貨を使って遊び回りました。
 そして10年後、悪魔の銀貨が財布から飛び出してきて、元の姿に戻りました。
 「どうだジャック、10年間を楽しんだか? さて、約束通りお前の魂をもらうよ」
 「ああ、約束だから魂を持って行くがいい。ただ、約束したのは10年前のお昼過ぎで、今はまだお昼前だ。魂を取られる前に最後の食事をしたいから、あのリンゴの木になっているリンゴを取ってくれないか?」
 ジャックはそう言って、一本のリンゴの木を指さしました。
 「そうか。それなら最後の食事を楽しむといい」
 悪魔はそう言うとリンゴの木に登って、低いところにあるリンゴの実を取ろうとしました。
 するとジャックが、上を指さして言います。
 「それはまだ小さい。最後の食事だから、もっと大きいリンゴが欲しい」
 「では、これか?」
 「いいや、それではまだ小さい。もっと上の、あの葉っぱの奥にあるリンゴだ」
 「よし、あの葉っぱの奥だな」
 悪魔はさらにリンゴの木を登って、ジャックが指さしている葉っぱをめくってみました。
 そして葉っぱの奥にある物を見てびっくりです。
 「うぎゃーーー! 十字架だー!」
 何と葉っぱの裏の枝に、十字架が彫ってあったのです。
 実はこの十字架、昨日のうちにジャックが木に登って彫り刻んだ物でした。
 十字架を見た悪魔は恐怖で体が固まってしまい、その場から動く事が出来ません。
 悪魔は、なさけない声でジャックに頼みました。
 「ジャッ、ジャックさん。どうか助けてください」
 「ああ、助けてやってもいいが、おれの魂を取る事をあきらめるかい?」
 「はい、あきらめます。あきらめますから、早く助けてください」
 「よし。だが、どうせおれは地獄行きだ。だから、死んでも地獄へ行かなくてもすむ様にしてくれないか?」
 「えっ? それはちゃっと・・・」
 「いやなのかい? いやなら助けてあげないよ」
 「ひぇー! 分かりました。死んでも地獄へ行かなくてもすむようにします」
 「口約束では駄目だ。ちゃんと契約書を書いてもらうよ」
 こうしてジャックは悪魔を助ける代りに、死んでも地獄へ行かなくてすむ契約書を手に入れたのでした。

 さて、それから何十年か過ぎて、とうとうジャックに寿命が来ました。
 死んだジャックに地獄からの使いが来ましたが、ジャックが悪魔との契約書を見せると、地獄からの使いはあきらめて帰っていきました。
 「よしよし、これで地獄行きはまぬがれた。おれが行くのは天国さ」
 ジャックは天国へ行くと中に入ろうとしましたが、天国の門番がジャックを中に入れてくれません。
 「お前は多くの人をだました悪人だ。天国へ入れる事は出来ない」
 「そっ、そんなー」
 こうしてジャックは、カブをくりぬいた中に石炭を入れた明かりを持って、地獄と天国との道を今でも行ったり来たりしているそうです。

 このジャックの持っているカブの明かりが、ジャックのちょうちんという意味の「ジャック・オー・ランタン」と呼ばれ、今ではハロウィンの重要なアイテムとなっています。
 また、アメリカではカブよりカボチャが一般的で、ちょうどハロウィンの時期にカボチャがたくさん取れるので、今ではカブではなくカボチャが一般的になりました。
20111030

○「ハロウィン
 10月30日は「ハロウィン」です。
 これは、キリスト教の聖人の祝日「万聖節」の前夜祭の事で、元々は2000年以上前から行われている古代ヨーロッパの原住民ケルト族の宗教的行事で、秋の収穫を祝い、亡くなった人たちをしのぶ収穫感謝祭がキリスト教に取り入れられ、現在のハロウィンになったと言われています。ケルト族の1年の終わりは、12月31日ではなく10月31日で、この1年最後の夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出て来ると信じられていました。そしてこれらから身を守る為に魔除けのたき火をしたり、自分たちが生身の人間である事がばれない様にと、お化けや動物の仮面をかぶるようになり、ハロウィンの夜にはお化けの仮装をする様になりました。
20111029

○「霜降
 10月24日は「霜降(そうこう)」です。『暦便覧』には「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」とあり、露が冷気によって霜となって降り始めるころという意味です。カエデや蔦が紅葉し始め、今日からから「立冬」(11月8日)までの間に吹く寒い北風は「木枯らし」と呼ばれます。秋も深まり、冬はもうそこまで来ています。
20111024

○「さつまいも
 幼稚園の子どもたちとサツマイモ掘りを楽しみました。子どもたちは小さな手で大地と格闘し、大きなサツマイモを掘り出しては大きな歓声を上げていました。
 さて、サツマイモは、江戸時代に薩摩藩(鹿児島)の船乗りが琉球を訪れ、甘藷を持ち帰り、「カライモ」と呼び、やがて薩摩藩で栽培されるようになります。 水はけの良い火山灰を含んだ土地が甘藷(サツマイモ)の栽培に適しますが、鹿児島(薩摩)にはそのような土壌が広がっていることや、地上に実を付ける作物ではないため風害にも強い作物で、台風がしばしばやってくる鹿児島においては、この風害に強いという点が他の作物よりも有利だったので、鹿児島でたくさん作られるようになりました。
 サツマイモは、でんぷんが豊富で、エネルギー源として適しています。また、ビタミンCや食物繊維を多く含み、加熱してもビタミンCが壊れにくいという特長があります。しかし、タンパク質の割合が低くサツマイモばかり食べていると、カロリーベースでは身体を支えることができても、栄養失調(特にタンパク質の欠乏)に陥るという欠点も併せ持っています。

20111019

○「紅葉
 那須の山々は色付き、山頂から次第に麓に「紅葉」が下がってきました。冬に向かい葉を落とす植物(落葉樹)が紅葉します。それは、気温が低下するとエネルギー生産のための光合成ができなくなり、葉を維持するエネルギー(消費エネルギー)が生産できるエネルギーを上回るためと、氷結による温度低下や壊死などを防ぐために葉を落とすようです。低温にならない地域では、常緑樹が生え、また針葉樹は表面積を減らして温度低下を乗りきります。そして、落葉するなら光合成はしなくていいので、光合成色素であるクロロフィル(緑色)を分解し、残ったカロテンやキサントフィルなどの色素が葉を黄色にします。さらに植物は、葉を落とすための準備を始めます。葉柄の付け根にコルク質の離層という組織がつくられ、物質の行き来はここで妨げられて、葉の中の物質は茎に移動できなくなり、光合成で生産された糖は葉に留まることになります。紅葉する葉では、この糖から赤い色素アントシアニンができて葉が赤くなり、やがて離層のところで切り離されて落葉します。寒さの中を生き抜く植物の工夫が紅葉です。

20111012

○「同事協力
 幼稚園の10月の徳目は、「同事協力(どうじきょうりょく)」です。
 「同事」とは、自分と相手を分けるのではなく、互いに認め合い、互いを尊重し合う生き方です。幼稚園では今月運動会を催行し、その活動の中でも「一人でできないことも、二人ならできる。二人でできないことも大勢ならできる。みんなで助け合うことによって大きな仕事ができることに気づかせよう。」と、「同事協力」を示しましたが、小さな心に、子どもたち同士お互いに尊重し合い助け合うことの大切さ必要を理解してもらい、日々の暮らしの中で実践していって欲しいと願っています。もちろん、「同事協力」は終身努めるべき徳目です。日々の暮らしの中で、互いを認め尊重する中に、豊かな暮らしの実現があるでしょう。

20111010

○「寒露
 10月9日に寒露を迎えます。『暦便覧』では、「寒露」について「陰寒の気に合つて露結び凝らんとすれば也」と説明していて、露が冷気によって凍りそうになるころで、菊の花が咲き始め、コオロギなどが鳴き止むころです。また、中国には「鴻雁来賓(こうがん らいひん)す」という言葉があり、「雁が多数飛来して客人となる」と、渡り鳥も北の寒さを逃れて、飛来してくる頃となります。山々も色付き始め、確実に秋が深まっていきます。

20111007

○「天高く・・
 本日も秋晴れの一日となりました。さて、「天高く馬肥ゆる秋」といいますが、「天高く馬肥ゆ」は中国北西部の農民の諺で、秋になると馬に乗って略奪にくる蒙古人を恐れての言葉です。夏の間放牧していた馬が、たっぷり草を食べて肥ってくる秋のころになると、農民たちは蒙古の襲来に対する警戒心を呼び起こすために、馬肥ゆを引用したと伝えられています。
 現在、日本では、「空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋」とか、「秋の好時節」をいう言葉になっています。
 秋の空は、大陸育ちの乾燥した空気が日本を覆い、黄砂の影響も少なく、視界が良くなるために空が高く見えて、澄み切ったどこまでも高い青空が広がります。

20111004

○「栗拾い
 毎年、この時期には栗拾いを楽しみます。近郊の野山には、まだまだ山栗がたくさんあり、栗拾いを楽しめます。楽しむといっても、ヤブ蚊が多くて、栗のイガが痛いので、収穫作業はそこそこ大変です。今年は昨年に比べて栗の出来が良くなく、収穫量も栗の質も期待していた様には獲得できませんでしたが、拾い集めた栗が袋の中でずっしり重いことに、充実感・満足感がみなぎります。秋の味覚の代表でもありますので、味わって食したいと思います。

20111001

○「コスモス
 9月27日の誕生花は「コスモス」です。
 「コスモス」はキク科の一年草で、メキシコが原産だそうです。花の美しさから、ギリシャ語の「コスモス(美しい、飾るの意)」に由来した名がつきました。また、花の形が桜に似ているので、和名は秋桜です。この時期には、お寺の周辺でも、キレイに咲き揃っている「コスモス」を見かけます。コスモスは強い花で、日当たりと排水がよければ、やせ地でもよく育ちます。そんなコスモスの花言葉は『乙女の真心』だそうです。

20110927

○「秋分の日
 9月23日は、「秋分の日」で、「祖先をうやまい、なくなつた人々をしのぶ」趣旨の国民の祝日です。太陽が黄経180度の秋分点を通過する日で、真東から出て、真西に沈みます。一般には「昼と夜の長さが同じになる。」といわれますが、実際は昼の方が少し長いそうです。そして秋の彼岸の「お中日」にもあたります。趣旨の通り、ご先祖を敬い、亡くなられた人々を偲んで、仏壇やお墓参りに努め、感謝報恩の思いを深めて欲しいと思います。

20110923

○「うろこ雲
 秋の青空は、高く高く感じます。晴れた日の秋空の抜けるような青空に、「うろこ雲」が浮かんでました。「うろこ雲」は空の高い所にできる『高積雲』の一種ですが、高い所にできるので空気が澄み切っている時でないとはっきりと見えません。 春や夏は日差しが強く、また地面の細かいチリやホコリ」が上昇気流に乗って舞い上がり、空気が濁ってしまって見えにくいのです。秋は空気が澄み、「うろこ雲」との間を遮る低い雲がなので、この時期よく見ることができます。

20110920

○「新米
 お米の収穫が最盛期を迎え、あちらこちらより、たくさんの新米を頂きました。
 今年は放射性物質が心配されましたが、この周辺では稲から放射性物質が検出されず安全宣言が出されて、美味しい新米を安心して食せます。
 しかし、田植えをしたものの、残念ながら刈入れの出来ない農家が日本にあることを思うと、心よりお見舞い申し上げ、来年には安心して米作りに励める環境が取り戻せるよう祈念致します。
 さて、頂いた新米は水分が多いせいか、瑞々しく、香りも良く、何より苦心して作られたことも加わってとても美味しかったです。感謝感謝です。

20110917

○「敬老の日
 9月19日は「敬老の日」です。「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としていますが、現在は超高齢化社会に進んでいます。出生数が激減し、人口に占める老人の割合が増え続けています。この先不安も多少ありますが、未来の日本を背負う子どもたちが、自然や社会に感謝の心を持ち、互いを尊重し敬意を持っていれば、心豊かな日本が存続できると思います。真の豊かさは、敬愛と感謝の「ありがとうの心」が生み出していくでしょう。

20110916

○「ススキ
 連日30℃を超えて、暑い暑い日が続きますが、来週からは「暑さ寒さも彼岸まで」の「お彼岸」が始まります。天気予報でも、来週は気温も下がり、涼しくなるようです。ところで、12日は「仲秋の名月」「十五夜」でしたが、ススキの穂が見かけられるようになりました。ススキは「秋の七草」の一つで、広く日本中に分布しますが、ススキは古来より赤ん坊の御守りや悪夢や病気のお祓いに使用され、家の新築や開墾にもススキを立てました。中国貴州省ではイネの初植えにススキを挿して、害虫や冷害、干水害を防ぐお守りとしています。沖縄では「サン」とよぶススキの輪を悪霊や魔除けにしています。「十五夜」にススキを飾るのも、本来は病害虫や災害から農作物を守り、豊作を願う農耕儀礼の残存です。 玄関先にススキを飾るご家庭もありますが、ススキを飾って、家内安全を祈念するのも良いでしょう。

20110915

○「彼岸花
 全超寺の周辺の田んぼの畦に「彼岸花」が咲いています。種田山頭火の句集「草木塔」の中に、「歩きつづける 彼岸花咲きつづける」とあって、あぜ道に咲く彼岸花を見ると、この句を思い出します。山頭火は、出家をし、旅をさすらいましたが、秋の頃その旅の途中、歩き続ける道の両側を一面彼岸花が彩っているのを見て詠んだ句です。「歩き続ける」で一度区切り、更にその先に彼岸花が咲き続いている様を思い浮かべて、再度読むと心が静まるでしょう。自分の足で彼岸花の咲く道を歩くと、実にいいですよ。  
  ・踏みわける 萩よ すすきよ  ・この旅 果もない旅のつくつくぼうし
  ・へうへうとして 水を味ふ  ・おちかかる月を観てゐるに一人
  ・ひとりで蚊にくはれてゐる  ・投げだして まだ陽のある脚
  ・山の奥から繭負うて来た  ・笠にとんぼをとまらせてあるく
  ・歩きつづける 彼岸花 咲きつづける
          - 種田山頭火「草木塔」 -
                       
20110914

○「老人の日
 9月15日は「老人の日」で、一週間「老人週間」となります。そして9月19日には「敬老の日」です。「祝日法」では「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを「敬老の日」の趣旨としていますが、この「敬老の日」は以前「老人の日」で、それ以前は「としよりの日」でした。この「としよりの日」を最初に制定し、独自に「祝日」と定めて「敬老会」を開いたのが、兵庫県の山間の農村・野間谷村(現・多可町)の若き村長(当時35才)でした。戦後、戦争で人心が荒廃し親を親とも思わない風潮が蔓延しているなどの理由から思い付き始まったそうです。「老人の日」並びに「敬老週間」、「敬老の日」は、祝日法の趣旨に沿って「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日々に務めたいものです。

20110912

○「十五夜
 明日は「十五夜」です。「十五夜」は古代中国の月を鑑賞する習慣が日本に伝わったとされます。日本では、旧暦の8月15日に月を鑑賞するようになり、「十五夜」と呼ばれるようになりました。また、旧暦の9月13日には「十三夜」があり、地方によっては、「二十三夜」まであるようです。「十五夜」は秋に穀物の取入れ後、その新穀を神仏にお供えして感謝をしました。団子を供えるのは、新穀を粉にして丸くまるめてお供えしたという説と、里芋に見立てて丸い団子をお供えしたという説とあるようですが、収穫の感謝を月に供える「感謝の心」はこれからも大切にしていきたいものです。

20110911

○「白露
 9月8日は「白露(はくろ)」です。大気が冷えてきて、露ができ始めるころです。『暦便覧』では、「陰気やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明していて、露が凝って白く見えるという意味で、昔はこのような現象がみられるのは秋の陰気が夏の陽気に交わる時節とみたようです。夏から秋への季節の交替時に「白露」を目印としました。 那須連山を望むと、いつの間にか秋色になっていました。季節は夏から、すでに秋に移っているようです。
時に残月、光冷ややかに、白露は地に滋く」〈中島敦・山月記〉

20110906

○「報恩感謝
 実りの秋を迎えます。9月の保育徳目は「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」です。幼稚園では、子どもたちに「ありがとう」の心を育て、「ありがとう」と素直に言える人に育つことを願います。感謝の心が子どもたち 一人ひとりの中で、どのように育っているのでしょうか・・・。
素直な気持ちで 「ありがとう」といえる子どもに育ってほしいものです。
 また、実りの秋を迎え自然との触れ合いの中で、多くの人たちがお互いに助け合い、支え合って生きることに気付いてほしいと思っています。自然の恩恵にあずかって生きていること、そのご縁を喜び尊ぶ心〔恩〕を受け止め、年齢相応に感じ取らせたいと思います。家族や社会、自然の恵みに生かされている自分に気づき、多くの恩恵を頂いて存在する自己を謙虚に受け止めて社会や自然に感謝し接する心を育てたいものです。  
 子どもに限らず、人として「報恩感謝」の心を持ち、他や自然に「ありがとう」と声を発して生活したいものです。

20110904

○「稲刈り
 9月になり、稲刈りを見かけました。早稲の収穫でしょうか、頭を垂れ、たわわに実った稲穂をテキパキと機械で刈り取っていました。
 今年は原発の事故があり、放射性物質が稲の中に含まれているか否かで、大いに心配されるところです。
 4月8日に測定された大田原市の農地の土壌放射性セシウム量は、746Bq/kgでした。測定は、地表から15 cmまでの表層土中の放射性セシウム量(Cs-134とCs-137の合計)を土の乾燥重量1 kgあたりで表示しています。イネの作付け制限基準「5000 Bq/kg以下」からは、かなり低い値なので、大田原市で収穫された米や農作物は安全と思われます。
 8月29日に測定された稲からも放射性セシウムは検出されず安心しました。幼稚園でも農作物を育てていますが、これまで栽培された作物は測定された土壌の数値から十分に安全と判断しています。
 大田原市の農地は安全基準を十分満たしているので、ほっと一安心していますが、数値の高い東北地方では大変な思いをされていることでしょう。米は、日本人の主食ですので安全なものであって欲しいと思いますし、仮に危険なものであれば、その情報を正確に速やかに発表し、善処して欲しいと思います。

20110903

○「赤とんぼ
 朝夕がめっきり涼しくなり、赤とんぼが飛び交う様子が目に付きます。さて、「赤とんぼ(あかとんぼ)」は、体色の赤いトンボの総称で、一般には、秋に平地に群を成して出現する「アキアカネ」を指します。しかし、「アカネ」といっても、赤くない種類もあるそうで、世界でおよそ50種が記載されていて、日本では21種類が記録されているそうです。
 赤とんぼが夕空を飛び交う様は、秋の訪れを実感させます。

20110901

○「やさい(831)
 8月31日は、「や(8)さ(3)い(1)」の語呂合わせから、全国青果物商業協同組合連合会をはじめ関係組合が、「栄養たっぷりな野菜を再認識してもらうとともに、野菜のPRを目的にして」、1983(昭和58)年に制定した「野菜の記念日」です。お寺の近所から頻繁にキャベツやニンジン、トマト、キュウリ、ナスにトウモロコシetc,どれも採れたてたての瑞々しい新鮮な野菜をたくさん頂きます。8月中はゴーヤを何度も頂いて重宝しました。好物ですし、栄養価も高いので、野菜炒めには必ず用いています。旬な野菜を採れたてで頂けることに感謝感謝です。今日「野菜の日」に改めて感謝申し上げます。

20110831

○「処暑
 立秋を15日ほど過ぎ、8月23日は「処暑(しょしょ)」。「処」は「とどまる」という意味ですから、「処暑」とは「暑さ」がとどまり、まだ暑いけど、朝方涼しい風に秋の気配を感じる頃のことをいいます。「暑気止息する意」です。このころは日本は台風来襲の特異日で、暴風や大雨にみまわれることが少なくないようですから、天候には要注意です。寺の辺りも昼間は残暑を感じますが、朝夕は涼しくなり秋の気配を感じます。

20110820

○「終戦記念日
 8月15日は「終戦記念日」です。1945(昭和20)年のこの日、日本のポツダム宣言受諾により、太平洋戦争(第二次世界大戦)が終了しました。 
 内務省の発表によれば、戦死者約212万人、空襲による死者約24万人でした。毎年この日に政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれます。戦火で尊い命を落とされた人々を追悼し、今こうして平和に暮らせる日々に感謝したいと思います。
20110816

○「西瓜(スイカ)
 暑い夏の食べ物に、「スイカ」があります。そのスイカの果実は大部分が水(水分91%)で、糖質を8%含み、暑い夏空のもとで賞味するにふさわしい果菜です。スイカは、可食部100グラム中に、たんぱく質30.1グラム、脂質46.4グラム、カルシウム70ミリグラム、リン620ミリグラム、鉄5.3ミリグラム、カロチン16マイクログラム、そのほかビタミンB1・B2、ナイアシンなどを含む栄養価の高い食品です。また、シトルリンというアミノ酸を含み、利尿効果が高く、腎臓(じんぞう)炎に効くといわれ、果汁を煮つめて飴(あめ)状にしたスイカ糖は薬用にされます。タネも炒(い)って塩味をつけ、種皮をむいて胚(はい)は食べられます。
 スイカを食べて、暑い夏を乗り切りましょう。
20110814

○「お盆
 13日からは「お盆」に入ります。お盆は、正式には「盂蘭盆(うらぼん)」といいますが、省略形として「盆」(一般に「お盆」)と呼ばれます。お盆(盆)とは文字どおり、本来は霊に対する「供物を置く容器」のことです。この供物の容器を意味するため、供物を供え祀られる精霊の呼称となり、盂蘭盆と混同されて習合していきました。
 盆の明確な起源は分かっていませんが、1年に2度、初春と初秋の満月の日に祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事がありました(1年が前半年と後半年の2年になっていた名残との説がある)。
 初春のものが祖霊の年神として正月となり、初秋のものが盂蘭盆と習合して、仏教の行事として行なわれるようになったといわれています。日本では8世紀ごろには、夏に祖先供養を行うという風習が確立されたと考えられています。
 お盆中、家族でお墓参りや仏壇に手を合わせ、子どもたちにも先祖供養を体験として伝えて行きたいものです。

20110811

○「立秋
 8日は「立秋」です。暦の上では秋となり、「暑中」から「処暑」まで「残暑」に変わります。そして「暑中見舞い」ではなく「残暑見舞い」を出すことになります。 
 『暦便覧』では「初めて秋の気立つがゆゑなれば也」(初めて秋の気配が表われてくるころ)と説明していますし、藤原敏行は「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」(古今和歌集)と「立秋」を詠みましたが、実際にはまだまだ「残暑」が厳しく、一年で最も暑い時期なのではないでしょうか。
 暑さ寒さも彼岸まで、これから1ケ月はしばらく暑い日々が続きます。

20110808

○「箸の日
 8月4日は、「は(8)し(4)・箸」の日 です。正しい箸の持ち方及び、食文化の見直しを含め、「箸」を考えようという民俗学研究家の提唱により、わりばし組合が1975(昭和50)年、記念日に制定しました。幼稚園の子どもたちも箸を使って給食を食べることがありますが、個人差があり、上手に使える子や使い方の苦手な子がいます。 日本人として、箸の扱いのマナー も幼児期から学びたいものです。そこで、以下に知っておいたほうが良 いお箸のマナーを紹介します。
大阪教育大学のサイト「箸のマナー」
http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~ioku/foodsite/hashi/manar.html

20110804

○「釜の蓋
 8月1日は「地獄の釜(かま)の蓋(ふた)が開く日」 とされ、この地方では、古くからご先祖様を迎えるための行事の一つとして、黒糖の「炭酸饅頭」を作り、下に笹の葉を敷いご先祖にてお供えし、供えた後に自分たちもその饅頭を食する風習があります 。これが 「かまのふた 饅頭」 です。以前は、8月1日の早朝には、各家庭でお供え用と食べるものとをたくさん作っていましたが、今は家庭が少なくなりました。大田原市内の菓子店では、8月1日には早朝からこの饅頭を販売しています。この風習は「先祖を敬い、先祖に心を傾け感謝する」具体的で素晴らしい行事なので、今後もこの風習を守り続け、さらには日本中に広まれば良いと思います。
20110801

○「八月
 日本では、8月を「葉月(はづき)」と呼びますが、「葉月」の由来には諸説あり、木の葉が紅葉して落ちる月「葉落ち月」「葉月」であるという説が有力です。他には、稲の穂が張る「穂張り月(ほはりづき)」という説や、雁が初めて来る「初来月(はつきづき)」という説、南方からの台風が多く来る「南風月(はえづき)」という説がります。
 8月の別名には、あきかぜづき(秋風月)、かりきづき(雁来月)、かんげつ(観月)、けんゆうげつ(建酉月)、こぞめつき(木染月)、そうげつ(壮月)、ちくしゅん(竹春)、ちゅうしゅう(仲秋)、つきみつき(月見月)、つばめさりづき(燕去月)、はづき(葉月)、べにそめづき(紅染月)など秋を感じさせる名がありました。
 今は暑中で、暑さも厳しいですが、8日(月)は「立秋」となり、暦の上ではもう秋になります。
20110731

○「夕立
 夏は暑く、暑い日には「夕立(ゆうだち)」が襲ってきます。でも、「夕立」は、気象観測上の正式用語ではないようです。夏によく現れる積雲や積乱雲から降る激しいにわか雨で、雷を伴うと「雷雨(らいう)」で、雨だけの場合は「驟雨(しゅうう)」です。積雲や積乱雲は、普通は昼過ぎから夕刻にかけてもっともよく発達するので、夏の「驟雨」・「雷雨」は午前よりも午後に多く発生します。一面を白く染めるほど激しく降るので「白雨(はくう)」ともいうそうです。この辺りでは、「夕立三日」といって、一度夕立があると、3日続くことがよくあります。
夕立や 草葉を掴(つか)む むら雀』 (蕪村)

20110726

○「中元
 明日、7月15日は「中元」です。一年の半分を過ぎ、健康で安泰な生活の無事を祝い、祖先の霊を供養する日です。
 元々、「中元」とは、正月15日の「上元」、7月15日を「中元」、10月15日の「下元」をあわせて「三元」とする中国の習慣が伝わったもので、日本では「盂蘭盆会」と日が重なったことから、「祖先の霊を供養し、両親に食べ物を送る」ようになりました。そして、この習慣が、目上の人、お世話になった人等に贈り物をする「お中元」に変化しました。物を贈ることが中元の本義ではありません。
 「中元」に当たり、日頃の「感謝」の思いを言葉や態度で現したいものです。

20110714

○「短冊
 七夕に「短冊(たんざく)」を飾るのは、日本だけの風習のようです。
 その短冊ですが、昔は7月7日の早朝に朝露を集めて墨をおろし、願い事を書く風習がありました。それが、江戸時代になると竹(笹)に短冊を飾るようになったそうです。
 「竹がいつの日か天に届くから、雲に見立てた」とか、
 「竹自体を天に昇る龍であるとして、そのウロコに見立てた」
などと諸説があります。
 七夕に当たり、各ご家庭でも「短冊」に願いを記して竹に飾ってみてはいかがでしょう。

20110704

○「七夕物語
 7月になりました。もうすぐ七夕(たなばた)です。
 七夕(たなばた)とは、元来、旧暦の7月7日に行う星祭りで、現在では新暦の7月7日や、月遅れの8月7日に行なわれています。
 通常知られている七夕の話は「織姫」と「彦星」が…と、いう中国から伝来した話ですが、日本オリジナルの七夕の話があります。日本には、中国の七夕伝説が伝わるまえから、棚機つ女(たなばたつめ)乙棚機(おとたなばた)の信仰があり、それが牽牛と織女の伝説と一緒になって現在伝わっている物語になりました。そのため日本では元の呼び方が残っているので、七夕=棚機=たなばたと呼びます。参考までに、日本の七夕伝説を案内しますので、参考になさって下さい。
⇒日本の七夕伝説・犬飼七夕(http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/07/07.htm)
⇒七夕の始まり(http://hukumusume.com/douwa/pc/minwa/07/07.htm)

20110702

○「夏越し(なごし)
 12月31日は大晦日で、日本中で大祓(おおはらい)を行いますが、6月30日は、1年の半分に当たる「夏越し」でこの日に「祓い」を行います。「祓い」とは罪とけがれをはらい清める事で、日本の各地で6月と12月の末日に行われています。 
 「水無月(みなづき)の 夏越(なご)しの祓(はら)いする人は 千年(ちとせ)の命(いのち) のぶと云ふなり」(水無月(6月)の名越(30日)の祓いを受ける人は、千年もの延命効果があるといわれている。)  
 全超寺でも境内に「茅の輪(ちのわ)」が設置されていて、これをくぐる「茅の輪くぐり」を行い、「夏越の祓い」を修行致します。「茅の輪」は、チガヤを束ねてつくった大きな輪です。チガヤの生命力は強く、この強さにあやかり、「茅の輪」をくぐって、一年の半分を祓い清め、家内安全、身体健全、無病息災を祈願します。

20110629

○「夏至
 今日は一年で一番昼の長い日です。同時に、夜の一番短い日でもあります。さて、夏至日に、「無花果(イチジク)田楽(でんがく)」を食べる風習があるそうです。ただし、日本中どの地方でも「無花果の田楽」を食べる風習があるわけではありません。おもに、愛知県で食されているようです。イチジクの果実には果糖、ブドウ糖、ビタミン、カリウム、カルシウム、ペクチンなどが含まれ、クエン酸も少量含まれますが、糖分の方が多く甘い味がします。食物繊維は、不溶性と水溶性の両方が豊富に含まれていて、健康によい食物です。
 「無花果の田楽」とはイチジクの実を蒸して、それに田楽味噌を絡めて食べる料理です。
作り方のレシピは、
JRA愛知経済連のサイト
(http://www.ja-aichi.or.jp/engei/recipe/03_/000229.html)にあります。

20110622

○「麦秋(ばくしゅう)
 家の近くには麦畑があり、この時期、麦が実りの時を迎えています。麦秋は、麦の取り入れをする初夏のころですが、日も長くなり、夕方、散歩するとそよ風に揺れる麦畑は、黄金色に輝いてとてもキレイです。また、「麦秋」は一般的には「ばくしゅう」と読みますが、訓読みにして「むぎあき」とも読みます。どちらも、趣があって良い響きです。
 「麦秋(むぎあき)や 狐(きつね)ののかぬ 小百姓」 蕪村 
 「麦秋(むぎあき)や 子を負いながら いわし売り」 一茶
20110611


○「芒種(ぼうしゅ)
 6月6日は、二十四節気の「芒種(ぼうしゅ)」です。イネやムギなどの(のぎ)を持つ作物の種を播くのに適した時節というところから芒種というそうです。現在の田植え時期は早まりましたが、昔の田植の時期は梅雨入りのころにあたるこの時期でした。芒(のぎ、ぼう)は、お米や麦などイネ科の植物の穂を構成する鱗片の先端にある棘状の突起のことで、今この時節は農作物が発芽し成長するのに適した季節です。この辺りの畑では、麦が実りを迎え、ジャガイモがキレイな薄紫の花を咲かせています。地中では、大きなジャガイモを太らせていることでしょう。農作物にも、全ての生き物にも成長の季節です。しっかり足元を見つめ、成長していきたいと思います。
20110602

○「水無月
 6月を「水無月(みなづき、みなつき)」と云います。6月は「暑熱激しく、水泉が滴り尽きる」ので水無月と云うそうですが、語源的には諸説があるようです。『奥義(おうぎしょう)』には、農事がみな為尽(しつ)きてしまうので「みな(皆)しつき」といったのを誤って「みなつき」としたといい、一説には、田に植えた早苗(さなえ)がみな根づいた意から「みな(皆)つき(付き)」とも。6月には、「常夏(とこなつ)」、「風待(かぜまち)」、「鳴神(なるかみ)」、「水待(みずまち)」など、暑い季節に由来する異称が多くあります。いよいよ本格的な夏が近いことを感じます。
20110601
  ページ先頭へ

○「田植え
 ほとんどの田んぼでは「田植え」が終わったようです。水田に苗が整列して、初夏の風に揺れている様子は長閑で安らぎます。東北では地震や津波の被災、原発の問題で不安定な生活を強いられ、田植えも出来ないでいることを想うと、平穏に過ごせることに心から感謝します。毎年当たり前と思っている風景も、こうして当たり前に見られることが実はとても幸せなことなのでしょう。その幸せな日々に感謝して、日々を大切に過ごしたいものです。
20110517

○「百花繚乱
 立夏を過ぎて、たくさんの花々が咲き誇ってします。先日、足利のフラワーパークで満開の藤の花を観てきました。お寺の芝桜は盛りを過ぎましたが、まだステキな花を咲かせています。近郊では、矢板の長峰公園ではツツジがキレイに咲いているようですし、塩原の牡丹も今が盛りです。那須の八幡のツツジも見ごろでしょう。幼稚園の木香バラも満開です。野山の草花、近所にも草木がキレイな花を咲かせています。今まさに「百花繚乱」です。

20110511

○「バードウィーク
 5月10日から一週間は、「愛鳥週間・バードウィーク」(野生鳥類の保護を国民全体に訴えるために設けられた運動期間 5月10日〜5月16日)です。お寺の周辺には豊かな自然があり、たくさんの野鳥を間近に観ることが出来ます。身近に野鳥を観ることで、大自然の中で様々な動植物と共に生きていることを実感します。

20110509

○「立夏
 5月6日になり、暦の上では「立夏(りっか)」を迎えて夏になります。立夏を過ぎると田植えも終わり、お寺の周りの田んぼでもカエルが鳴き始めて、夏を実感します。花々や木々も色を濃くしていきます。水田に根を張り、育っていく苗のように、しっかりと足下を見つめて日々を歩みたいものです。

20110506

○「子どもの日
 5月5日の「子どもの日」は、「祝日法」2条によれば、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ことを趣旨としています。子どもにも人格があり、全ての人々にある人権・人格を尊重し、互いに認め合い、和して生活したものです。相手を認め尊重する中に、自分も認められ尊重されていくでしょう。困難な時期こそ、互いをいたわり、尊重し合う生き方が大切です。
20110504

○「みどりの日
 5月4日は、1985(昭和60)年に祝日法が改正されて制定された「国民の休日」でしたが、2007年より、昭和天皇の誕生日であった4月29日の「みどりの日」が「昭和の日」に変更なったため、「みどりの日」が5月4日に移動されました。その目的は、「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ことです。この大地、大自然を離れて人間は生きていけません。自然界に生かされている自分や総べての「いのち」に感謝し、日々を大切に過ごしていきたいものです。

20110502

○「スズラン
 今日から5月です。お寺の裏にはスズランの花が咲いています。この頃、スズランの可憐な花を野山で見かけますが、フランスでは、今日5月1日は「スズランの日」で、各地でスズラン祭りが開かれ、その日スズランの花束が贈られると幸福が訪れると言われているそうです。ヨーロッパでは薬草としても使われ、手の傷や腫(は)れ物に効用があり、微量は強心剤にも使われるようですが、成分にコンバラトキシンなどの強心性配糖分体を含み有毒です。取り扱いには十分に気をつけましょう。

20110501
  ページ先頭へ

○「端午
 いよいよ5月。そして5月5日は『端午の節句』「子どもの日」ですが、旧暦では「午の月」は5月にあたります。「端」は物のはし、つまり「始り」という意味で、元々「端午」は月の始めの牛の日のことで、今年なら5月10日です。「端午」は、この午の月(5月)の最初の午の日を節句として祝っていたものが、のちに5が重なるこの月の5日が端午の節句の日になったといわれます。やがて、「午」は「五」に通じることから毎月5日となり、その中でも数字が重なる5月5日を「端午の節句」と呼ぶようになったともいわれます。同様に、奇数の月番号と日番号が重なる3月3日、7月7日、9月9日も節句になっています。
20110430

○「昭和の日
 4月29日は「昭和の日」で、1989(昭和64)年1月7日に崩御した昭和天皇の誕生日です。 
 昭和天皇崩御後、生物学者であり自然を愛した昭和天皇をしのぶ日として、「みどりの日」となりましたが、2007年よりこの日は「昭和の日」と改めらました。それは、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いを致す」と言う意味合いからです。それと同時に、「みどりの日」はいままで「国民の休日」であった、5月4日に移動されました。大震災後、復興の最中ですが、その意味合いを心して精進していきたいと思います。

20110429

○「菖蒲湯
 5月5日の子どもの日を「端午の節句」といいますが、「菖蒲(しょうぶ)の節句」とも呼ばれます。この時期に花を咲かせる菖蒲の長い葉は、強い香気があるので、この香りの強さが不浄を払い、邪気を遠ざけてくれるといわれています。また「菖蒲(ショウブ)」は、「勝負」や「尚武」に通じることから、江戸時代から男の子の出生を祝って、端午の節句に菖蒲湯に入ることが習慣になったといわれています。明日26日は「風呂(26)の日」です。家族で菖蒲湯の風呂を楽しむのもいいでしょね。
20110425

○「鯉のぼり
 5月5日の子どもの日に向け、子供たちが健やかに成長することを願って「鯉のぼり」を飾ります。鯉のぼりは、日本の風習で、江戸時代に武家で始まり、端午の節句の5月5日まで、「男児の出世を願って」家庭の庭先に鯉に模したのぼりを、風をはらませてなびかせます。別名、皐幟(さつきのぼり)とも言いいます。元来は、雨の日に飾るもの(魚は水中で泳ぐから)だったようですが、「晩春の晴天の日の青空にたなびくもの」となりました。桜の花も散り急いで、その花吹雪の中を鯉のぼりが優優と泳いでいます。
20110423

○「穀雨
 20日は、「穀雨(こくう)」です。「穀雨」とは、「穀物の成長を助け育てる雨」のことで、田畑の準備が整い、それに合わせて春の雨が降る様子です。『暦便覧』には「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されている。春の雨で、お米を始めたくさんの穀物が育っていくことでしょう。私たちも、春の雨、春の光を浴び、前向きに進んでいきたいと思います。

20110419

○「土用
 4月17日から「土用(どよう)」に入ります。今年の「立夏」は5月6日で、暦の上ではこの日から「夏」になります。その夏になる前、春からの移行期間が「土用」で、大地は春から夏に向けての準備の始まりです。東北地方でも桜も咲きだし、色とりどりの花々が咲き競うようになりますた。気温も高くなり、初夏を感じる日もあります。立夏を過ぎれば、季節は初夏となります。放射線量や紫外線も気になりますが、用心し、時間制限しながら屋外で身体をいっぱい動かしたいものです。

20110417

○「桜街道
 全超寺のすぐ近く(北隣り)に、約2kmに渡って桜並木があり、今、桜の花が満開を迎えています。たくさんの人がこの桜並木を観にやってきています。4車線の道路をゆっくりと満開の桜を眺めながら走ったり、車を止めて写真を撮ったりしています。来週は花吹雪となるでしょう。花吹雪の中を歩くのもまた風情があります。

20110416

○「花まつり
 4月8日は、お釈迦さまの誕生をお祝いする降誕会(ごうたんえ)です。誕生仏(たんじょうぶつ)といって、右手で天を、左手で地を指した小さなお釈迦さまのお像に甘茶を注いでお祝いすることから、潅仏会(かんぶつえ)・浴仏会(よくぶつえ)ともいわれます。しかし、一般には、誕生仏を安置したお堂をきれいな花で飾っておまつりすることから名づけられた「花まつり」の方が親しみやすいでしょう。この行事は、お釈迦さまの誕生を喜んだ龍王(りゅうおう)が、甘露(かんろ)の雨を降らせて祝福したという故事にもとづいています。日本では、推古14年(606)の元興寺(がんごうじ)で最初にこの行事が行われ、以来、承和(じょうわ)7年(840)以降、宮中の恒例行事となって、一般にも広まりました。
20110408

○「清明
 4月5日は「清明」です。『暦便覧』には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」と記されていて、「万物ここに至って皆潔斎(けっさい)なり」といわれる季節で、万物がすがすがしく明るく美しいころです。そこ彼処様々な花々が咲き乱れ、いよいよお花見のシーズンになるでしょう。心和む、楽しみな季節ですね。

20110406
  ページ先頭へ

○「彼岸集会
 今日からは「春の彼岸の入り」で、幼稚園では「お彼岸集会」を持ちました。
 彼岸は生きている自分たちが、努力して「彼岸」(さとりの岸)に至る精進の日です。幼稚園の3月の徳目は「智慧」ですが、「智慧」も彼岸に努めるべき徳目です。「智慧」は、単なる知識だけでなく「物事の正しいあり方を見極める認識力の事」をいいます。
 うれしい、楽しい、心地よい、やさしい等のプラスの心情体験、つらい、悲しい、悔しい、我慢する等のマイナスと思える心情の体験は、智慧づくりとなり自分の力で得た知識を智慧に育んでいくのです。その積み重ねにより真の「賢さ」に繋がります。幼児期にたくさんの遊びを通して様々な体験をして培い育って智慧が身についていくことが大切です。
 「人を幸せにし、自分を幸せにする生き方」、それが子どもたちへの願いであり、仏さまの教えです。「今日の子どもたちは、昨日の子どもではなく 明日の子どもはまた、今日の子どもではありません。」
20110318

○「春分の日
 「春分の日」は、昼と夜の長さがほぼ等しい日です。この日から一番長い夏至に向けて、毎日1分5秒づつ日が長くなり、「夏至」となり、そしてまた毎日1分5秒ずつ日が短くなって、昼夜の長さがほぼ等しい「秋分」になります。
 一年間は、正確には「365.2421904日」であるために、「春分の日」はその年によって変化します。来年(平成24年)は3月20日(火)です。
20110317

○「春分
 3月21日は、「春分の日」、「自然を称え、将来のために努力する日」と法律で定められた祝日です。陽気も暖かくなり、桜の木々も蕾を膨らませ、間もなく咲きだすでしょう。
 さて、「春分」は昼と夜が同じ長さになる日ですが、昔の人は、自然に感謝し、春を祝福する日だと感じていたようです。それは、長い間冬眠をしていた動物たちが動き始め、人々もやる気に満ち溢れている時期です。また、この日の前後にご先祖様への感謝の気持ちを伝えるためにお墓参りに行く習慣(彼岸)もあります。古来、人々はこの日を春の訪れを祝う日とし、同時に祖先に感謝をするお祭りを行い、この風習は農村部で長く続いてきました。
 明治時代、春分の中日を「春季皇霊祭」と定め、宮中において祖先を祭る日となったのをきっかけとして、一般市民の間でも「祭日」とされました。その後1948年に、古来から伝わる「自然に感謝する日」、「自然を称え将来のために努力する日」と法律で定められましたが、現在でも、「春分の日」というとやはり「お彼岸」のイメージが強いでしょう。
20110316

○「砂糖
 3月10日は「さ(3)とう(10)」の語呂合わせで、「砂糖」の優れた栄養価などを見直す日です。脳が必要とするエネルギー源はブドウ糖ですが、砂糖はこのブドウ糖の最も優れた供給源です。さらに、ブドウ糖には、精神をリラックスさせる効果もあります。適度に摂取することで、脳の働きを助け、精神安定を促してくれる砂糖には、毎日お世話になってます。今日も感謝して頂きましょう。
20110309

○「ミツバチ
 3月8日は、「ミツ(3)バチ(8)」の語呂合わせから「ミツバチの日」です。ミツバチの運ぶハチミツには、ビタミンB1、B2、葉酸などのビタミン類、カルシウム、鉄をはじめ、27種類のミネラル、22種類のアミノ酸、80種類の酵素、ポリフェノールや若返り効果があるといわれているパロチンなど、150を超える成分が含まれているそうです。またビタミンには「活性型」と「不活性型」があり、活性型は少量で効くけれども、不活性型は大量に用いなければ効かないそうです。人工的に作ったビタミン剤は、大量に用いても天然のビタミンよりも効き目がないこと判明しました。ハチミツに含まれるビタミンは非常に良質なもので92%が活性型で、毎朝の食卓をはじめ、運動後や疲れた時、妊娠時・授乳時の栄養補給にもオススメの食材です。

20110308

○「菜の花
 桜の開花が北上していますが、菜の花も北上し、この辺でも黄色く咲いた菜の花が見られるようになりました。私は、与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」(春の夕暮れ時、菜の花が盛りに咲いて、ふと目を上げると、出たばかりの月が東の空に、西にはまだ沈まない太陽がある)という俳句が好きです。菜の花は、不思議と幸せを感じさせてくれる花です。春の静かな夕暮れに、見渡す限りに広がる黄金色の菜の花畑を挟み、月と太陽が相対する中い立つ自分をイメージすると、なんともほのぼのとなります。

20110307

○「啓蟄
 3月6日は「啓蟄(けいちつ)」です。『暦便覧』には「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり」と記されていて、大地が暖まり、冬眠をしていた虫が穴から出てくるころです。春になり、初雷(はつかみなり)が鳴り、これを聞いて虫が土中からはい出すと考えたので、これを「虫出しの雷」というようです。「余寒いまだ尽きず」といった天候の季節にあたり、雪が降ったりすることもあります。しかし春の彼岸も近く、日の長くなり方も急で、陽光を味わう時間が長くなっていることを感じます。すでに光の春の季節は始まっていることを体感します。

20110305

○「弥生
 日本では、旧暦の3月を「弥生(やよい)」と呼び、新暦3月の別名としても用います。弥生の由来は、草木がいよいよ生い茂る月「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって「やよひ」となったという説が有力ですが、その名の通り3月になると、枯れた草葉も緑色に変わり、新しい息吹を感じます。3月は他に、花月(かげつ)、嘉月(かげつ)、花見月(はなみづき)、夢見月(ゆめみつき)、桜月(さくらづき)、暮春(ぼしゅん)等の別名もあり、それぞれの名前に春を感じます。
20110302

○「雛祭り
 3月3日は女子の健やかな成長を祈る「雛祭り」です。「雛祭り」は、平安貴族の子女の「雅びな遊びごと」が起源で、その当時は、小さな御所風の御殿「屋形」をしつらえ飾ったもの。初めは「遊びごと」で、儀式的なものではなく「雛あそび」の名称の由来があります。また、平安時代には川へ紙で作った人形を流す「流し雛」があり、「上巳の節句(穢れ払い)」として雛人形は「災厄よけ」の「守り雛」として祀られる様になりました。 江戸時代には、女子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」と結びつき、全国に広まり、飾られるようになり、「雛あそび」が節句としての「雛祭り」へと変わったのは天正年間以降のことで、この時代から「三月の節句の祓い」に雛祭りを行うようになったようです。ただ、この時代には飾り物としての古の形式と、一生の災厄をこの人形に身代りさせるという祭礼的意味合いが強くなり、武家の子女など身分の高い女性の嫁入り道具の家財のひとつに数えられるようにもなって、自然と華美になり、より贅沢なものへ流れました。この後、江戸末期から明治にかけて「雛飾り」は2人だけの内裏人形から、嫁入り道具や台所の再現、内裏人形につき従う従者人形たちや小道具、御殿や檀飾りなど急速にセットが増え、スケールも大きくなっていったそうです。

20110301
  ページ先頭へ

○「地蔵尊
 23・24日は光真寺・地蔵尊大祭が厳修され、随喜(お手伝い)に参りました。
 お地蔵さまは「代受(だいじゅ)」の誓いを発てています。これは、「お地蔵さまが人々に代わって、その悩みや苦しみを引き受けます」と云う誓いで、世の中の苦しみや悲しみをすべて引き取り、自分が代わってその苦しみや悲しみを背負うのです。世の中に悩みや苦しみの無い人はいません。お地蔵さまにお願いし、少しでも苦しみや悲しみの少ない日々を過ごしたいものです。
 24日には幼稚園児の就学を迎える年長児の子どもたちの「入学祈願祭」を修行し、元気に安全に小学校に通うことを願って「身体健全」「交通安全」「無病息災」「学業成就」を祈願しました。平穏で健やかに強くたくましく、そして大きく成長することを祈ります。
(2月24日)

○「雨水
 2月19日は「雨水(うすい)」です。空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころです。『暦便覧』には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記されていて、この時節から寒さも峠を越え、さらに春に近づいている事を実感するでしょう。お寺の梅もチラホラ咲きだしました。
(2月19日)

○「蒲公英
 2月18日の花は「蒲公英」だそうです。
 さて、「蒲公英」と書いて何と読むのでしょうか?
 正解は「たんぽぽ」と読みます。南向きの土手などに咲きだしました。「たんぽぽ」は、キク科タンポポ属の多年草の総称で、全世界に広く分布していますが、日本には「カンサイタンポポ」・「エゾタンポポ」・「シロバナタンポポ」、また帰化植物の「セイヨウタンポポ」など10種以上あり、一般的に「たんぽぽ」と言えば、「カントウタンポポ」を言います。タンポポの若葉は食用となり、根は生薬で、胃薬やの母乳の出を良くする効用があるそうです。「たんぽぽ」は、真っ白なふわふわの綿毛が特徴的ですが、その丸い綿毛が、まるで「たんぽ」のようだということから、「たんぽぽ」の名前がつきました。花言葉は「思わせぶり」だそうです。「たんぽぽ」の黄色い花は、春の訪れを思わせます。
(2月18日)

○「涅槃会
 2月15日は、お釈迦さまがお亡くなりになった「涅槃会」です。毎年2月1日より寺の本堂に大きな涅槃絵を掲げ、参拝下さった方々に説明をさせて戴いています。涅槃絵は、お釈迦さまが亡くなられた其の時の情景を描いたものです。
 お釈迦さまは臨終の際に、「あなたが亡くなられた後、いったいなにを頼りに生きたらよいのでしょうか?」と弟子たちは問いかけました。
 お釈迦さまは、その問いかけに、こう示しています。  
 『自灯明、法灯明』(『涅槃経』など)「自らを灯火とせよ、法を灯火とせよ」と。  
 私たちは、時に大きな存在に依存して、判断し決断し前に進むことがあります。お釈迦さまと修行を供にし、大いなるその指導のもとにいた者がその支えを失ったとき、これから先どう進むべきかと惑いうろたえたことと思います。「自灯明」は依存する気持ちを戒めた厳しいお示しです。自分自身を拠りどころとして、自分自身の責任で進むのです。自分の信じるものを拠りどころとして、自分の足で歩むのです。自分を灯火にして進む自信がない者は、「法灯明」。仏法つまり仏の教えが灯火となってあなたの足元を照らすでしょう。「自灯明」で戸惑い悩んだとき、仏様の教えがあなたを導いてくれます。人生はあなた自身のものです。だれも足元を照らし続けてはくれません、自分と自らの信じるものを灯火として、一歩一歩しっかりと自分の足元をみつめ歩んでいきましょう。

(2月14日)

○「しもつかれ
 初午(2月8日)を過ぎ、この時期になると、栃木名物の「しもつかれ」をごちそうに出されます。それぞれ家庭の味があって、千差万別です。鮭の頭と大豆や野菜の切り屑など残り物を大根おろしと混ぜた料理で、地域により「しみつかり」、「しみつかれ」、「すみつかれ」とも呼ぶようです。「しもつかれを7軒食べ歩くと病気にならない」「なるべく多くの家のしもつかれを食べると無病息災だ」と云われます。

(2月12日)

○「建国記念日
 今日「建国記念日」は、もともとは1872年(明治5)に、[紀元節(きぜんせつ)]という名前ではじまった記念日で、「古事記」「日本書紀」の記述にもとづき、初代天皇とされる神武天皇が即位した日といわれています。当初は1月29日が祝日にさだめられていましたが、翌73年に、太陽暦の採用にともなう措置として、期日を2月11日に変更されました。その後、第二次大戦後に廃止されましたが、1966年(昭和41)に「建国記念の日」という名で復活し、翌年より実施されています。制定当初は、まだ成立したばかりの明治政府首脳が、天皇を中心とした国家支配体制の正当性を内外にしめす必要から制定されたと考えられていますが、現在の建国記念の日は、「建国をしのび、国を愛する心を養う日」とされています。日本に生れ育った事を喜び感謝したいと思います。
(2月11日)

○「ふくの日
 魚のふぐの本場、下関では河豚(ふぐ)を「ふく」と発音し、「福」と同じ発音であることから縁起の良い魚とされています。2月9日は、「ふ(2)く(9)」の語呂合わせから、下関ふく連盟が1980(昭和55)年に制定した、「ふくの日」で、下関では、ふく豊漁および航海安全の祈願などが恵比寿神社で執行されるそうです。それぞれの家庭にたくさんの幸福が訪れることを祈念します。

20110209

○「針供養
 2月8日は「針供養」の日です。地方や神社によっては12月8日に行われることもありますが、今日は、裁縫を1日慎み、古い糸や錆びた針、折れた針を豆腐やこんにゃくに刺して神社に納めて針仕事の上達を祈ります。浅草寺淡島堂が、「針供養」の寺として有名です。誰もが日頃「針」にはとてもお世話になっています。改めて「針」に感謝したいと思います。
20110208

○「立春
 2月4日は二十四節季の「立春」です。その前日2月3日は「節分」です。この節分は、年に4回あります。「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日、季節が春・夏・秋・冬に変わる節目をそれぞれ「節分」と言います。しかし、「節分」というと、一般には2月4日「立春」の前日のみを指します。これは、この2月3日が特に大切だからです。一年の暦・カレンダーは12月31日で終わり、1月1日より新年となりますが、自然界の暦は、この2月4日の「立春」が、一年の初日なのです。その中で生かされている人間も、この日が新たなスタートとなります。それぞれが平穏で健やかに生活できる佳き一年であるよう祈ります。

20110204

○「節分
 2月3日は「節分」です。節分には「恵方巻き」を食べる習慣が広まっているようです、「今年はどっち向いてたべるの」という質問をよく受けます。今年、2011年は辛卯(かのとう)で、恵方[歳徳神(としとくじん)のいる方向)]は、南南東となります。その恵方(あきの方)を向いて無言で恵方巻(巻き寿司)を食べます。すると願い事が叶うのだそうです・・・現在の恵方巻の起源は、江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事として始まったといわれますが、当時使われていた旧暦では、立春の前日である節分の日は大晦日にあたり、前年の災いを払うための厄落とし、年越しの行事として行われたようです。また豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴が、偶々節分の前日に巻き寿司のような物を食べて出陣し、戦いに大勝利を収めたという故事を元にしているという説もあります。その他にも恵方巻の発祥地の候補には、和歌山(紀州)、滋賀(近江)等があるが、いずれも確かなものではないようです。

20110201
  ページ先頭へ

○「最低気温
  一日の0時から24時までに観測された気温の最低値を最低気温(あるいは日最低気温)といいますが、日本の気象官署・アメダスにおける気温の最低記録は、1902年の今日、1月25日に北海道旭川市で記録された−41℃だそうです。旭川市で史上最低の−41℃を観測した日の前後に、青森県で八甲田雪中行軍遭難事件が発生し、行軍参加210名中199名が凍死しました。非公式な参考記録としては、風連町のお天気博士と呼ばれる上口氏の自宅近くの百葉箱で、1953年1月3日に-45.0℃を観測した例があります。また、日本国内の観測ではないものの、南極の昭和基地では1982年9月4日に-45.3℃を記録しています。更に、以前の日本領という範囲では、南樺太の落合で1908年1月19日に観測された-45.6℃という記録もあります。連日寒い日々が続き、今朝の大田原の最低気温は、−3℃でした。しかし、もっともっと寒い中で苦労している人を想うと、「寒い」といって凍えてはいられない気がします。

20110125

○「大寒卵
 昨日は二十四節気の「大寒」でした。一年で、最も寒い頃ですが、春はもうすぐ間近にせまっています。あと15日ほどで、「立春(りっしゅん)」を迎えます。立春は暦の上では冬が終わり、春になります。さて、「大寒に生れた卵は滋養に富んでいるので、食べると健康に暮らせる」と言われます。
 また、風水では、「大寒の日の卵を食べると、金運が上昇する」とも言われ、大寒生まれの「大寒卵」は人気急上昇です。自分も身体健全・無病息災・開運福寿を願い、「大寒」の日に生れた卵を食したいと思います。

20110121

○「大寒
 1月20日は「大寒」です。『暦便覧』では「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と説明していて、寒さが1年のうちで最も厳しくなるころです。
 さて、大寒の朝の水は1年間腐らないと云われ、容器などに入れて納戸に保管する家庭が多いそうです。連日の寒さ、那須の峰々も、凍りついて巨大な氷の塊の様に見えます。今日の「大寒」が暦の上では寒さのピークです。山の木々も春が待ち遠しいことでしょう。
20110120

○「振袖火事
 1月は振袖を着た女性を多く見かけますが、350年以上も昔の怖いお話しです。1657(明暦3)年の1月18日に、江戸城天守閣と市街のほとんどをを焼失し、死者が10万人にもおよんだ明暦の大火が起きました。
 この大火は「振袖火事」と呼ばれます。これは次のような話によります。
 上野の神商の娘おきくは、花見の時に美しい寺小姓を見初め、小姓が着ていた着物の色模様に似せた振袖をこしらえてもらい、毎日寺小姓を想い続けました。そして、恋の病に臥せったまま明暦元年(1655年1月16日)、16歳で亡くなってしまいました。寺では法事が済むと、その振袖を古着屋へ売り払いました。その振袖は本郷元町の麹屋の娘お花の手に渡りましたが、それ以来お花は病気になり、明暦2年の同じ日(1656年1月16日)に死亡しました。振袖は再び古着屋の手を経て、麻布の質屋の娘おたつのもとに渡りましたが、おたつも同じように、明暦3年の(1657年1月16日に亡くなりました。おたつの葬儀に、十右衛門夫婦と吉兵衛夫婦もたまたま来ており、三家は相談して、因縁の振り袖を本妙寺で供養してもらうことにしました。しかし、和尚さんが読経しながら振袖を火の中に投げ込んだ瞬間、突如吹いたつむじ風によって振袖が舞い上がって本堂に飛び込み、それが燃え広がって江戸中が大火となりました。
20110118

○「どんど焼き
 小正月を迎え、あちこちで「どんど焼き」が行われました。「どんど焼き」は、「さいとやき」とも言われ、野外で門松・竹・注連縄(しめなわ)など新年の飾り物を集めて燃やす行事ですが、参加された方も多いことでしょう。「どんど焼き」の火で焼いた餅や団子を食べるとその年、病気をしないで健康に過ごせるとか、書き初めの紙をこの火にかざして高く舞い上がると書道が上達するといいわれます。街中では観ることも少ないでしょうが、郊外の田んぼでは、未だに方々で見かけることが出来ます。「黒こげの 餅見失ふ どんどかな」(犀星)

20110116

○「鏡開き
 1月11日は、お正月、年神様にそなえた「鏡餅」を、一家円満を願いながらお雑煮やお汁粉、あられにして食べる『鏡開き」の日です。「鏡餅」を刃物で切るのは切腹を連想されるために敬遠され、手や木づちで割ったり、砕いたりします。また、「鏡餅」の名前は、日本に伝わる三つの宝、三種の神器に出てくる「カガミ」の形に似ていることから名付けられ、「鏡餅」には、宝(幸運)が家にやって来るようにとの意味が込められています。11日の朝には、昨年の暮れにお供えしたお餅を下げて、頂きたいと思います。

20110110

○「七草
 7日に、「春の七草」の「セリ、ナズナ、ゴギョウ(母子草)ハコベラ、ホトケノザ(田平子)、スズナ(かぶ)、スズシロ(大根)」を入れて「七草がゆ」を食べた方から、「家族で美味しく食べました」との報告を受けました。私も7日朝食に「七草がゆ」を頂きましたが、調べてみると「七草がゆ」には優れた効用があるようです。1)「セリ」は、鉄分が多く含まれているので増血作用が期待できます。2)「ナズナ」は熱を下げる、尿の出をよくするなどの作用があります。3)「ゴギョウ」には、せきやたんを止め、尿の出をよくするなどの作用があります。4)「ハコベラ」は、タンパク質が比較的多く含まれ、ミネラルそのほかの栄養に富んでいます。5)「ホトケノザ」は、体質改善全般。6)「スズナ」には、消化不良の改善。7)「スズシロ」にも、スズナと同じく、消化不良の改善。と、正月のごちそうで疲れた胃をいたわったり、緑の少ない冬の栄養源として、ビタミンを補給する意味があります。今では季節に関係なく様々な野菜を容易に調達できますが、その季節の行事・祭礼に合わせて旬な食材を味わうことは楽しいものです。
20110109

○「七草かゆ
 1月7日は、「七草粥」。7種の野菜((せり)、なずな御形(ごぎょう)、はこべら仏の座(ほとけのざ)、(すずな)、すずしろ)を刻んで入れた粥を食べると、邪気を払い万病を除くと云われ食べますが、呪術的な意味ばかりでなく、正月のおせち料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もあります。一般には7日正月のものが七草と記されますが、七草(ななくさ)は、本来、秋の七草を指し、正月のものも七種と書いて「ななくさ」と読み、「七種がゆ」と云うのが正しい様です。最近はスパーなどでも7種をそろえて売っていますので、ご家庭でも簡単に手に入り、食することが出来ます。どうぞ春の味わいを楽しんでみて下さい。

20110107

○「小寒
 今日は、「小寒」です。寒さが最も厳しくなる時期の前半で、『暦便覧』では「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」と説明していて、この日から節分(2月3日)までを「寒(かん。寒中・寒の内とも)」と言い、この日を「寒の入り」とも言います。冬の寒さが一番厳しい時期となり、今日から寒中見舞いを出し始めます。今朝、幼稚園の教職員の座禅会を行い、冷え切ったお寺の本堂で座禅を修行しました。朝の澄んだ空気の中、身も心も引き締まります。新しい年を迎えて、それぞれに心に期すものがあるでしょう、座禅を行い、身や心を整えて、新年の抱負が深まります。
20110106

○「福寿草
 今日、1月3日の誕生花は、「福寿草」だそうです。花言葉は「幸せを招く」です。「福寿草」は、キンポウゲ科の多年草で、アジア北部に分布し、日本の山地にも自生していて、大変に縁起のよい名称と、花の少ない時期に咲くのが珍重されて、正月用の花として広く栽培されています。新春にふさわしい花だと思います。属名はアドニスといい、ギリシャ神話に登場する美の女神・アフロディテに愛された美青年アドニスにちなんで名づけられました。各位の福寿を祈念いたします。

20110103

○「初夢
 初夢とは新年に見る夢で、その年の運を占う事ですが、初夢を見る日は地方によって違い、一般的には1月2日の夜から1月3日の朝に見る夢ですが、1月1日の夜から1月2日の朝に見る夢を初夢と言うところもあります。 初夢で見ると縁起の良い物として、「一富士(いちふじ)、二鷹(にたか)、三茄子(さんなすび)」があり、一番に富士山の夢、二番目に鷹の出てくる夢、三番目になすびが出てくる夢を見ると縁起がよいとされています。これには色々な説がありますが、徳川家康の好きな物が、一番目に富士山、二番目に鷹狩り、三番目に初物のなすであった事から生まれた言葉だと言われています。一年の始まり正月ですから、いい夢を見たいものです。
20110102

  ページ先頭へ
長栄山全超寺住所:〒324-0051栃木県大田原市上石上西7URL:hikari-k.ed.jp/zenchoji Eメール:zenchoji@hikari-k.ed.jp
曹洞宗長栄山全超寺
本サイト内の文章・画像の無断転載(引用を含む)はご遠慮下さいCopyright©2007ZenchojiTemple.Allrightsreserved.