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「五観の偈」
新年明けましておめでとうございます。各位のご多幸を祈念いたします。
さて、1月は、「五観の偈」について話させて戴きます。これは食事を戴く時にお唱えするお経の一部です。食事に対する心得のお経ですが、この「五観の偈」にこそ健康と幸せの秘訣が説かれていると思うのです。
「一つには功の多少を計り、彼の来処を量る。」
これから食べるこの食事はいかに多くの人のお陰でここにあるかを考えて、感謝をして頂きましょう。自分のお金で買ったんだから当然だとか、当たり前だとかいう考えは間違いです。いくらお金があっても人はお金を食べて生きてはいけません。食べ物は他の命をいただくことです。
「二つには己が徳行の、全欠をはかって供に応ず。」
この食事をいただくにあたり、人々や社会のための行いや功徳が自分にあるかどうかを考えていただきましょう。
達磨さんより9代目の百丈懐海(ひゃくじょうえかい)という95歳まで生きられた禅師様のエピソードです。ご高齢にも拘わらず毎日若い修行僧と同じように修行と作務をされていました。その健康を心配されたお弟子さん方が、なんとか禅師に楽をしていただこうと考え、禅師が仕事をしないようにとの配慮から道具の一切を隠してしまったのです。すると、その日の夕食時禅師はまったく食事に手を付けようとしませんでした。あるお弟子さんが「何故食べられないのですか」と尋ねると、答えられました。「一日なさざるは、一日食らわず」・・・一日の務めをしないことは一日の食事の資格はないということです。この戒めは禅宗では金言となって今に伝わっています。
「三つには心を防ぎ過を離るることは、貧等を宗とす。」
正しい心を護り保ちましょう。それには過ちを犯さない、貪(むさぼり)やねたみなどの気持ちを持たないことを心に念じましょう。人が犯す犯罪のほとんどは「貪り」と「ねたみ」の心から起こるのです。特に「むさぼり」の心こそ大敵です。
「四つには正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり。」
食事は単に空腹を満たすためではなく、私たちの身と心の弱まりを治す良薬であり、正しい目的をもっていただきましょう。食事は体を護り保つ薬であるということです。この認識が大事で、薬は適量でなければいけません。みなさんよく利く薬だからといって余計に沢山呑んだりしないでしょう。利く薬ほど量を間違えると危険で、食事はそれとまったく同じで適量でなければならないという認識が大事なのです。
現代人が被っているのが食べ過ぎや、偏食からなる病気です。特に三大病といわれるガン、心筋梗塞、脳梗塞などの原因の多くは塩分、脂肪、糖分という"余分三兄弟"の摂りすぎからです。今栄養失調で亡くなる人などほとんどいません。好きなものを好きなだけ食べられる豊かな時代になりましたが、そんな食生活が招いているのが生活習慣病です。その最たるものが糖尿病で、患者とその疑いのある人は全国に2000万人いると推定されています。生活習慣病の蔓延している社会が果たして「豊か」で「幸福」な社会と言えるでしょうか。
一方食べる糧が多いということは出る残飯も多いということで、日本で一日に5万トンの生ゴミが出ていて、1200万人分の食事に当たる糧だそうです。東京都民の食事に匹敵する食糧が日本では毎日残飯となって捨てられているのですから、実にもったいない話です。今世界の人口は68億人といわれ、その中でおよそ10億人が飢えに苦しんでいるといわれています。七人に1人の割合です。その中で毎日およそ3万人の人が飢餓で死んでいるといわれています。一年間でなんと1000万人以上になります。
「五つには成道の為の故に、今この食を受く。」
この食事は仏道修行(自己の完成)のためにいただきます。「いただく」のは「他の命」ですから余分には頂けません。そして「修行」のために頂くのですから、その精進と感謝のこころを忘れてはなりません。「食事は薬だと思っていただくこと」を心にとどめてください。
合掌
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