・・・・・・平成28年12月・・・・・・

周利槃陀伽
 釈尊の弟子の一人、周利槃陀伽(シュリハンドク)は、自分の名前も覚えられぬ頭の足りない人だったそうです。門の外で泣いているハンドクに、「なぜ、そんなに悲しむのか」 釈尊は、親切にお尋ねになった。「どうして私は、こんな馬鹿に生まれたのでしょうか」
とハンドクは泣いた。
 「悲しむ必要はない。お前は自分の愚かさを知っている。世の中には、賢いと思っている愚か者が多い。愚かさを知ることは最も悟りに近いのだ
 釈尊はやさしく慰められて、一本のホウキと『チリを払わん、あかを除かん』の言葉を授けられました。ハンドクは掃除しながら、与えられた聖語を必死に覚えようとした。『チリを払わん』を覚えると『アカを除かん』を忘れ、『アカを除かん』を覚えると『チリを払わん』を忘れる。しかし彼はそれを二十年間続けた。その間、一度だけ釈尊から誉められたことがあった。
 「お前は何年掃除しても上達しないが、上達しないことに腐らずよく同じことを続ける。上達することも大切だが、根気よく同じことを続けることはもっと大事だ。」釈尊は彼の、ひたむきな精進を評価せられたのです。やがて彼は、ちりやほこりは、あると思っているところばかりにあるのではなく、こんなところにあるものかと思うところに意外にあるものだということを知った。そして、「自分は愚かだと思っていたが、自分の気付かないところにどれだけ自分の愚かなところがあるか、分かったものではない」と気づき、ついにハンドクは高い悟りを開くことができたのです。よき師、よき法に遇い、よく長期の努力精進に耐えた結実に外なりません。
 さて、「茗荷(みょうが)」とは、名前を荷うと書きますが、これは自分の名前も覚えられずに、名前の書いた看板を背負っていたシュリハンドクの墓から生えてきたからだそうです。そこから 茗荷を食べると物忘れをしやすくなるというのです。

合掌


来月も予定しています。光泰九拝
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